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メモとログ

就活のweb試験

web試験

ようやく一段落して,webの記事を漁っていたら,"就活のweb試験を複数人で受けてるヤツらはどーなんだ!!"みたいな記事を見つけた.
記事をかいつまんでみると(URLのリンクとか貼らずに要約を載せたりってマズイのかな?),就活の初期の段階での選考で行われるweb試験.webを介しての試験という性質を利用して,複数人で協力しながら受ける学生がいる.それはフェアじゃないと思うが,どーなんだ.みたいな内容だった.

道徳的な観点は一切なくして考えてみる.
自分が就活をしていた時にどうだったか.自分の選考に関しては,web試験もESも履歴書も,一切他人に頼んだ事はない.今振り返ってみると,ESの文章は誰かに見てもらった方が良かったかもしれないが,自分の選考に他人を介在させるという行為をそもそも思いつかなかったし,今でも必要性は感じない.

じゃあ,自分がweb試験に挑戦する時に誰かが協力すると言ってきたらどうするか?答えは拒否.断固拒否.自分より死ぬほど頭が良い人で,自分が入りたい企業で働いてる人でも無理.それは,就活のようなタイプの試験ではメリット以上にデメリットが大きいと考えているから.
英検とか大学入試のように試験結果が重要な要素になるタイプの試験で行うなら,そもそも次のステップへ進めなくなるわけだから,その価値はあるかもしれない.しかし,就活におけるweb試験は,よほど壊滅的な結果にならない限り,その結果で合否を分けるのではなく,あくまでも選考の参考資料にしよう程度のものなのではないかと思う.
ほとんどの企業が何回か面接を行ってから採用か不採用を決めるはず.毎回面接官は変わるものの,内定候補者であるこちらの情報は採用過程を通してシェアされていると考えるのは自然だし当然な事だと思う."自分の選考に他人を介在させるという行為"が何を意味するかというと,アピールする自分像や相手に与える自分の印象がブレてしまうのだと思う.以前このブログで触れたと思うけど,ある一人の候補者が選考過程を通してイメージがコロコロ変わっていたら,企業はその候補者を採用したいだろうか?自分ならNO.

たかがweb試験で印象がブレたりアピールする自分像が変わるわけがないと思うかもしれないが,変わると思う.
web試験で見るのは,例えば論理的な思考力とか数学的な処理能力,直観力だったり,後は性格を掴むための試験もある.それらの試験を受ける時に他社を介在させると,明確な答えがあるタイプの試験に関しては,正答数は一人で行うより複数人で行う時の方が良くなるとは思う.が,それは,web試験を通して,本来の己の能力とは異なる自分像を企業に対して与える事になる.web試験の後に行われる選考過程で,あれ?web試験の結果から推定される人物像と違うなぁという疑問を抱かせてしまう可能性をはらんでいる.それには何のメリットも無い.採用する企業側も,web試験の性質は把握しているから,極端にweb試験の結果と面接での候補者の人物像が違った場合,"こいつ,web試験誰かとやったな"と容易に想像してしまうのではないか.仮に誰かと協力したかしてないかは置いておいて,選考を通して一貫した自分を出せないと,そんな危険があるという事を認識するべき.

こう考えた時に,果たして複数人でweb試験を受ける事にメリットはあるのだろうか.一人で受けて落ちた人は羨望の眼差しを向けるかもしれない.でも,それはそもそも自分の身の丈にあった企業を選ばなかった事が原因なわけで,それはそれで良いじゃないかと思う.企業に入ってから,"あれ?選考の時と全然違う.こいつダメだ"とか思われるより,本来の等身大の自分を評価してもらって,その上で採用される.だからこそ,全力で働けるんじゃないかなと思う.

まーあくまでも他人の人生だから,あーしろとかこーしろとか思わないけど,web試験を複数人で受けたり,ESを文章を書くのが上手な人に頼んだりとかって事はそんなに意味が無いんじゃないのかなぁと思う.就活で内定をもらうのがゴールだとすればそれで良いのかもしれないけど,就職自体はあくまでも始まりで,それ以上でもそれ以下でもない.スタートの前に手を尽くして,自分が望んだ場所に無理矢理自分の場所を求めても,それが自分にとって理想の場所とは限らない.どうせなら,自分にとって理想の場所で働きたいなと思うなら,最初から等身大の自分で勝負して,それで自分の場所を見つければ良い.

なんて事を思った.